2014年09月24日

八つ墓村





今日は映画 八つ墓村 いきます。





「八つ墓村」という作品は横溝作品の中で最多の映像化作品なのでいろんな作品がありますが、





昭和41年男子にとって思い出深いのは1977年に公開された松竹映画「八つ墓村」でしょう。







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1977年 松竹映画「八つ墓村」パンフレット
















映画のほうも大ヒットで19億の配収を得たそうです。





が、作品内容うんぬんよりも映画のテレビPRで流れた





たたりじゃ〜っ! 八つ墓村のたたりじゃ〜っ!





という濃茶の尼のセリフ。




やはりこれでしょう(笑





これは当時流行りましたよね。





ドリフネタにもなったし、たしかこの年の流行語にもなりました。





はちまきなど頭にまくものに鉛筆を2本さして たたりじゃ〜!




とやってたキャロライン小五でした(笑








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1977年 松竹映画 八つ墓村




















posted by キャロライン小五 at 13:42 | Comment(0) | なつかしモノ(えいが) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
2014年09月08日

猿の惑星




今日は猿の惑星です。




第一作目の  猿の惑星  の日本上映は1968年でした。





第五作目の最後の猿の惑星1973年 7月でこのシリーズ最後となりました。



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でも第一作目の猿の惑星が日本でブレークしたのはこの最後の猿の惑星の後でした。




1973年の12月にテレビ月曜ロードショー(TBS) で猿の惑星を放映し高視聴率をとったのでした。




とてもリアルな特殊メイクと、猿に人間が支配されるという、このとき流行っていた破滅型の物語なのがうけたそうです。




それに気をよくした?TBSがなんと  猿の惑星  のパチもん番組をつくってしまいます。




それが










1974年から放送された猿の軍団です(笑




なるべく特殊メイクを浮かせたいのか?かなりの厚着です。




内容はあまり覚えてないなあ。






そういえばデパートに 猿の軍団 がやってくるということなので妹をつれてみにいきました。




そしたら当時4さいの妹は猿の軍団をみて大泣きしてしまいました。




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あれ? 猿の惑星 から 猿の軍団 の思い出になってしまいました m(__)m



猿の惑星 月曜ロードショー 1973年



posted by キャロライン小五 at 22:01 | Comment(0) | なつかしモノ(えいが) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
2014年09月03日

ジョーズ





今日はジョーズです。




ジョーズは1975年に日本上映されました。




ジョーズといって最初に思い浮かべるのはジョーズのテーマですよね。









この映画はまあ非現実的ってわけでもなくさほど現実的でもないパニック映画ですが、大きいサメっていう設定がよかったんですかね。



あまり深く考えずに楽しめる映画です。




ウィキペディア ジョーズ 制作 より引用


監督は当時28歳だったスティーブン・スピルバーグが抜擢された。当初、原作者であるピーター・ベンチリーが映画の脚本も書いたが、スピルバーグは「面白くない」と却下した。自身が新たに書き直すもプロデューサーからの好評が得られず、スピルバーグは友人である脚本家カール・ゴットリーブに依頼した。クイントが巡洋艦インディアナポリスの元乗組員だったという経緯も、この際追加されたものである。しかし、脚本は未完のまま撮影が始まり、ロケ先のホテルでその日の撮影後に監督と脚本家、そして出演者を交えて翌日の撮影分を考えることもあった。結果、原作の大筋をなぞりつつも、原作における専門的な部分(詳しい鮫の生態など)を極力抑えた娯楽作品に徹しており、「映画らしい派手な決着」「ブロディ署長に加えてフーパーも生き残る」などの変更が行われている[2]。そのため、完成版を観たベンチリーは激怒し「こんなものがヒットするわけがない。スピルバーグは一生B級監督だ」と罵り、逆にスピルバーグから「元が面白くないからこうした」との反論を受けた。ベンチリーは、舞台となった海水浴場から人食いザメ出現のニュースを伝えるレポーター役で出演している。

マシュー・レオネッティ製作の機械仕掛けの鮫は、スタッフ間で「ブルース」(由来はスピルバーグの知人である弁護士の名前から)と呼ばれていたが、ほとんどテストができないままクランクインされたため、当初は故障が多く[3]、撮影は予定をオーバーしてしまう。また、リアリズムを目指したロケ(ロケ地として採用された島はマーサズ・ヴィニヤード)での撮影は、フレームに少しでも余計なものが入ると即NGになるため、これもスケジュールを大きく狂わせる原因となった。撮影制作費も1000万ドルを突破し、企画当初に計上された額の3倍にも膨れ上がったため、一時は撮影中止さえ検討された。撮影終了したスピルバーグは、マッカーサーの名言(『私は帰ってくる』)をもじって「二度と戻らん!」と宣言したという。





と制作には色々とゴタゴタがあったみたいですが無事にヒットしましたよね。






関連グッズの紹介です。



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とてもリアルな絵のジョーズのがま口コインケースです。




どうせならジョーズの形でジョーズの口が開くようなコインケースにしてほしかった(笑









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ジョーズ 1975年 日本上映












posted by キャロライン小五 at 08:13 | Comment(0) | なつかしモノ(えいが) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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