2014年08月31日

ESP ストラトキャスター





今日は ESP ストラトキャスター の紹介です。





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フェンダーブロンコについで2本目のギターです。




このギターはESPで安売りになってるボディーやネックやらを買い集めて自分で組んだギターです。




16歳くらいのときかな?



各パーツに関しては、ネックはトラ目でペグはシャーラー、牛骨ナット、ピックアップはセイモアダンカンとコツコツこだわりのパーツ素材を買い集めて組んだギターです。



赤いピックアップはセイモアダンカンのシングルハムバッカーという縦にシングルx2が並んだ珍しいピックアップでシングルの音でノイズが少なく力強いというピックアップです。




当時のESPのスタッフさんにも配線を図解してもらったり助けていただきました。



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そんな思い出深いギターなのです。


ESP ストラトキャスター
posted by キャロライン小五 at 17:38 | Comment(0) | すきなモノ(ギター) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ジムニー






今日は愛車遍歴第七弾 スズキ ジムニー です。





ジムニー JA22 ランドベンチャー 1995年製



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この頃アウトドア(といっても川原でバーべQ程度)がマイブームだったぼくはジムニー(新古)を買いました。



軽自動車で税金も安いし走破性には定評がある日本が誇る四駆の最たるもののひとつですから。




ジムニー初のコイル足モデルです。




ワゴンRより短い足に多くのジムニーファンは唖然としたことでしょう。



しかしこのK6A型DOHCターボエンジンがなかなかパワフルで俊足だったなー。



エクステリア(スタイリング)ではジムニーの中で一番いけてると思います。



OKAアウトドア派なのでジムニーの恩恵なんて感じられることはないのですが、普通に悪路や川原の奥まで入っていけるのはさすがジムニーです。



1996年〜1998年まで乗りました。






そして





ジムニー JB23 1998年製



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ジムニーがフルモデルチェンジで登場したのでこちらに乗り換えました。



確か織田裕二さまと恐竜(Tレックス)のCMだったような。



初期型はあのグリルのせいで「ガイコツみたいな顔の車」とよく言われてましたね。



走破性は前コイルモデルより格段にあがったらしいですがOKAアウトドア派には関係ないのでした(笑



1998年〜2002年まで乗りました。




ジムニーはどのモデルでも必要最低限の四駆機能がパッケージされた日本が誇る車だと思います。


よく山沿いの農家なんかで「こんなとこどうやって入ったの?」てくらいすごいとこにジムニーが駐車してる光景をみかけるがこれもジムニーの走破性を物語るものです。



今度はサンマルジムニーをカスタムして乗りたいな。




スズキ ジムニー

posted by キャロライン小五 at 07:47 | Comment(0) | すきなモノ(くるま) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
2014年08月30日

ドラゴンブーム



今日はドラゴンブームです。


ドラゴンとはブルースリーの作品(ドラゴンシリーズ4作)のことですが、ブルースリー自身のことをドラゴンと認識していたこどもも多かったですね。


そしてドラゴンブームのきっかけは映画燃えよドラゴンですね。



燃えよドラゴンはブルースリー主演の第四作目になる映画です。



アメリカとの合作ではじめて全世界的に配信されたブルースリー主演映画になるのです。



日本では1973年12月に上映されました。



ちなみにブルースリーは1973年7月に他界しましたのでこのときは故人でした。




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日本上映版パンフレット 表


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日本上映版パンフレット 裏


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日本の空手家やタレントのコメント




この映画はほんと衝撃的でしたね。


007のカンフー版というべきものか?いや007以上です。
あのオハラとの因縁の対決シーンは震えました。
日本ではこの作品でブルースリーが知られることになりドラゴンブームに発展していくのです。



ブルースリーの本国での作品順は


1971年 ドラゴン危機一髪
1972年 ドラゴン怒りの鉄拳
1972年 ドラゴンへの道
1973年 燃えよドラゴン


となりますが、



日本では

1973年12月 燃えよドラゴン

その大ヒットから過去作品を上映していくのです。


1974年4月 ドラゴン危機一髪

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日本上映版パンフレット表

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日本上映版パンフレット裏


これもヒットしブルースリーの一回忌の上映として


1974年7月 ドラゴン怒りの鉄拳


そして


1975年1月 ドラゴンへの道



としてドラゴンシリーズ完結になるのです。



1973年から1974年くらいはドラゴンブームで上半身はだかでプラスチックでできたヌンチャクを振り回す子供が増えました(笑

あのアチョーという奇声とともに。
(この奇声は怪鳥音というそうです)


ブルースリーがやっていたというマーシャルアーツなる格闘技を知ることになるのもこのブームのおかげでしょう。



自称 和製ブルースリー とかいう俳優の「戦えドラゴン」 だったかな?


そんなパチもん番組まであらわれました。




ブルースリーを超えるカンフーアクター、カンフー映画はもうでないと言われてましたが、


後にブルースリーと肩を並べるカンフーアクター、カンフー映画は誕生したのでありました。







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ドラゴンブーム 1973年〜1974年頃
posted by キャロライン小五 at 08:46 | Comment(0) | なつかしモノ(ブーム) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする